クラウド型のSaaSは、どこからでも開けて共有もしやすく、検索も速い。けれど安心の根拠をデータの保管先に置きすぎると危険です。多くの場合、手元にあるのはデータそのものではなく、ログインして使うためのアクセス権です。鍵は持っているのに、ある日突然ログインできなくなると、仕事は止まります。家で言えば鍵穴ごと消えるようなものです。

実際に、業務の中核をSaaSに寄せ、月に数百万円を払っていた中堅企業がありました。現場が慣れ、情報が積み上がり、便利さが勝っていたからです。ただ固定費を払い続ける前提でいいのか、増えすぎたデータが足かせになっていないか、AIで自動化できる部分はないかという声が出ました。そこで全取っ替えはせず、作業を入力、検索、紐付け、承認、帳票化に分け、人がやる必要が薄いところからAIエージェントという半自動の担当に置き換えました。問い合わせの整理や帳票の下書き、社内知識の検索、手順案内、データ整形と転記などです。最後に契約を縮め、減らし、切れるものは切りました。魔法ではなく、支払い続ける前提を外し、主導権を自社へ戻したのが効きました。

怖いのは倒産だけではありません。サービス終了、プラン変更などの契約トラブル、運用ミスによる停止、障害の長期化、サポート縮小。共通する事故はログインできないことです。さらに厄介なのは、ファイルが取れないだけでなく、最新版の判断や、図面と見積、工程、検査といった紐付けが崩れ、検索もできず、担当が替わると復旧が難しくなる点です。台帳としてのCSVが出ても、中身の実ファイルと対応関係がなければ業務は戻りません。
SaaSは使うほど移行が重くなります。件数と紐付けが増え、例外ルールや現場の暗黙知も積み上がる。1000件入れてから考える、は一番高くつきます。先送りは負債の複利で、後になるほど費用も工数も停止時間も跳ね上がります。

対策はやめろではなく、非常口を作ることです。実ファイルを定期的に自社の保管庫へ退避し、品名や図番などの台帳と、何と何が結びつくかの対応表も残す。年に一度は少ない件数で、退避したデータだけで仕事が回るかを試します。SaaSをAIで置き換えるなら、まず周辺の転記や分類、下書き、検索から始め、次に自社データの整備を進め、最後に依存度を下げる。この順が現場の混乱を抑えます。



