文部科学省の「リーディングDXスクール」として指定されているような先進校では、すでに“未来”を思わせる学びが日常になりつつあります。
たとえば、校内専用の生成AI「otomotto」では、生徒が自作したプロンプト(AIへの指示文)をクラス全体で共有し、「このプロンプトを使うと、自分のレベルに合わせた数学の問題を自動で出してくれるよ」といった工夫を当たり前のように交換しています。プロンプトには「いいね」も付けられ、勉強法そのものがクラス単位でアップデートされていく仕組みができているのです。
授業でも、英語の物語文を読んだあとに「その場面を正確に描写する画像を生成AIに出させるためのプロンプトを、英語で書く」という課題が出ます。つまり、「AIに答えを聞く」のではなく、「AIをどう動かすかを自ら設計する」力が求められているわけです。
国語では『平家物語』を題材に、現代風の歌詞をAIで生成し、それを自分たちで推敲し、さらに音楽生成AIで曲まで仕上げる授業も行われています。全員が音楽生成AI「SUNO(Suno AI)」をつかって作詞から作曲まで一通り体験した状態で授業が終わるという、これまでの学びとはまったく異なる世界が広がっています。(SUNO)
数年後、こうした「AIを使いこなすこと」に慣れた世代が、皆さんの職場に入ってきます。
そのとき、部下に「AIはよく分からないから任せておいて」と言う上司と、「自分も一緒に試してみるよ」と寄り添える上司。どちらについて行きたいかは、もう明らか。
彼らは“脅威”ではなく、こちらが準備さえしておけば、むしろ心強いパートナーになり得る存在です。
いまAIに触れるかどうかは、近い未来において自分がどのポジションに立つかを決める、小さな分岐点になりつつあります。



