AIのリスク3つ

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AIのリスクを語るとき、話が大きくなりすぎて「結局どう気をつければいいの?」が見えなくなることがあります。
(1)AIのリスクと注意点 環境への影響
(2)著作権や倫理の問題
(3)未成年・未熟者の利用という3点を、できるだけ現実的な目線で整理します。

まず環境面。
「AIは膨大な電力を食う」と言われますが、誇張されやすいのは“1回の利用”と“社会全体の総量”が混同されるからです。
近年の推計では、テキスト生成の1プロンプトあたりの消費電力はワット時(Wh)で小さく、中央値で0.24Wh程度とする例もあります。仮に100回使っても24Wh(0.024kWh)で、家庭の電気代感覚ではかなり小さい部類です。つまり個人が日常的に使うこと自体を、過剰に罪悪視する必要はあまりないようです。
ただし、ここで安心しきるのも危険です。利用者数と回数が増え、より大きなモデルや画像・動画生成が普及すると、データセンター全体の電力需要は現実に伸びます。国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターの消費電力が2024年で約415TWh、2030年に約945TWhへ増える可能性を示しており、増加要因としてAIを挙げています。つまり「個人の1回」は小さくても、「社会の総量」は増え得る。このギャップが、過剰な脅しと過小評価の両方を生みます。

さらに重要なのは“場所”です。電力が逼迫している地域、渇水が起きやすい地域にデータセンターが集中すると、同じ総量でも生活への影響は大きくなります。加えて、水の負荷は冷却だけでなく発電(電気を作る過程)にも左右されます。ですから本丸は「AIそのものが悪い」ではなく、
①どの地域に負荷が集中しているか、
②再エネ中心か化石燃料中心か、
③ピーク時に逼迫しない運用か、という設計と運用の論点。

私たちができる工夫としては、同じ内容を何度も往復せず最初に条件をまとめて聞く、画像生成は必要なときだけにする、軽い作業は軽いモデルで済ませる、といった「回数と重さを減らす」使い方が堅実です。組織側では、効率改善や再エネ調達、使用量の透明化が、議論を“感情”から“改善”へ移します。

次に著作権と倫理。
たとえば「ジブリ風」のような“作風”は、それ自体が直ちに著作権で保護される対象になりにくい一方、具体的な表現(固有のキャラクター、構図、象徴的なデザイン)が似てしまうと、リスクは上がります。実務上は「どれくらい似たか(類似性)」と「元作品に基づいたか(依拠性)」が争点になりやすい、と理解しておくと判断がぶれません。画像を入力して似せる、特定作品を指定して“寄せる”、商用で権利者の市場と競合する——こうした条件が重なるほど、炎上だけでなく法務コストも跳ね上がります。
そして、法律的に白でも倫理的にモヤる場面が残ります。学習データに同意があったのか、作者に対価が還元される仕組みがあるのか、作家名を利用した“ただ乗り”に見えないか。公開や商用なら、特定の作家名・作品名で寄せない、既存作品の画像を入力して似せない、ライセンスが明確な素材やサービスを選ぶ、必要に応じてAI使用を開示する——このあたりの配慮がトラブルを遠ざけます。

最後に未成年や未熟者の利用。
ここが一番“静かに怖い”ところで、加害と依存が同時に起こり得ます。悪意がなくても、友人の写真を勝手に加工して拡散してしまう、冗談のつもりで誰かを傷つける生成物を作ってしまう、といった「無意識の加害」は起こりやすい。特に写真・音声・実名は、いじめや脅しに直結しやすいので、「他人の素材は使わない」「本人の同意がない限り投稿しない」をルール化しておくと効果的です。
依存については、「恋愛ごっこ」よりも“日常の置き換え”が本体です。AIがいつでも応答してくれる便利さは、睡眠や学業、仕事、家計、気分の安定を侵食する形で進みます。最近はAIパートナーとの関係を強く結ぶ事例も報じられていますが、問題の核心は“イベント”ではなく、生活の軸がAI中心に寄って戻り道が細くなる点です。

どう使えばいいか。
未成年に限らず、
①個人情報(学校名・住所・顔写真など)を入れない、
②夜間の長時間利用を避ける、
③悩み相談は最終的に必ず人間につなぐ、
④週に数回は「AIを使わない時間帯」を固定して生活の軸を守る——この4つは効果が大きいガードレールです。
迷ったときは「その出力を本人の前で読めるか」「同じことを自分がされたらどう感じるか」をチェック項目にすると、判断が安定します。

AIは“道具”であると同時に、“環境”にもなりつつあります。怖がりすぎず、甘く見すぎず、数字と仕組みを押さえて、無理のないルールで付き合う。
そんな距離感が、長く安心して使う近道だと思います。

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