AIを学ぼうと、プロンプト集や解説本を熱心に読み込んでいる方を見かけました。最近、この“プロンプトの正解”を探すような風潮に、少し違和感を覚えています。
たとえば、次のようなケースを考えてみます。
「長尺の動画は視聴者が特定シーンに戻りにくいので、YouTubeの自動文字起こし機能を使って内容をテキスト化したい。」
教本などでは、AIに次のような長いプロンプトを入力するよう示されていることが多いです。
YouTubeの概要欄を作成したい。以下の「タイムスタンプ付きスクリプト」から内容を要約し、チャプター(章)見出しを生成して、YouTubeのチャプター形式で出力してください。
ルール:
- 出力順は「概要 → 主要ポイント箇条書き → チャプター → 参考リンク枠 → キーワード」の順。
- チャプターは00:00から開始し、形式は**
hh:mm:ss タイトル**(秒まで)で統一。- 章の粒度は3〜7章目安。重複や短すぎる章は統合。
- タイムスタンプは最初に登場する内容の時刻に丸め(±5秒以内/なければ最寄りの行の時刻)。
- 見出しは名詞止め・12〜24字程度、固有名詞は残す。
- 全体の説明文は500〜800字。
- 事実と推測を分け、不明点は書かない。
- 出力は日本語。
- 末尾にハッシュタグは不要。
入力テキスト:
(ここにタイムスタンプ付きスクリプトを貼り付け)
しかし実際には、
「YouTubeの概要欄を作成したい。チャプターごとにタイムスタンプ付きでタイトルを生成して」
この一文だけで十分に目的を果たせることが多いのです。
AIとの対話は、型にはめるよりも、試しながら感覚を掴んでいく方がはるかに効果的です。
プロンプトは“正解を探すもの”ではなく、“意図を伝えるための言葉”です。
習うより慣れろ。AIは、使うほどにこちらの考え方を映してくれる存在なのだと思います。



