日本のAIが必要かどうか

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いま日本で、「純国産AIが必要だ」と強く主張する考え方があります。理由は大きく3つに整理できます。

1)経済:デジタル植民地化のリスク
海外のAI基盤に依存し続けると、利用料や技術コストを“払い続ける側”に固定されます。産業がAIを使えば使うほど、利益の源泉が国外に流れやすくなり、日本の競争力そのものが弱まる可能性がある、という懸念です。

2)文化:日本語の豊かさが痩せるリスク
文化面の危機は「将来の話」ではなく、すでに起こり始めているという見方です。
海外製AIは学習データにおける日本語比率が極端に低い(例:0.1%)ため、繊細なニュアンスや多様な表現を十分に学べていない可能性がある。その結果、AIを介した文章や会話が増えるほど、日本語が平坦で無難な方向に引っ張られ、表現の幅が狭まっていく——そういう危険がある、という主張です。
一方で、国産モデルでは日本語比率を高くできる(例:30%)ため、日本語の再現性や文化的な厚みを守れる可能性がある、という対比になります。

3)安全保障:重要データと主導権のリスク
AIが行政・医療・製造など中枢に入っていくほど、「どこで処理され、誰が支配できるのか」は安全保障の論点になります。海外依存が強いと、重要データや運用の主導権が国外に偏るリスクが高まる、という懸念です。

デジタル庁が「源内」で使う国内開発LLMを公募し、2026年度に試験導入・評価→結果次第で本格提供を検討すると明言しています。つまり、国産LLMも源内に載せていく方向です。
OpenAIやGoogleの最先端モデルに比べ、技術的には1〜2年遅れの差はあるが、追従は可能。電力・資金・人材などの制約から、すぐに追い越すことは困難だが、いずれ止まるだろうから長い目で見れば必要ですね。

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