茂木健一郎氏の連載:「私が原稿を書くときにAIを一切使わない理由」覚書

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AIは、仕事や生活を大きく変える便利な道具。
ただし、AIに「考えること」まで預けてしまうと、人間の力はむしろ弱くなる。だから、AIはサボるための道具ではなく、自分を鍛えるための道具として使うべきだ、という内容です。

特に原稿を書くとき、茂木健一郎氏はAIを使わない、と述べています。理由は、文章を書く行為には「自分の中から言葉を掘り出す」意味があるからです。最初からAIに書かせると、自分の違和感、考え、悩み、個性が薄まり、どこか平均的な文章になってしまう。

つまり、AIで文章を整える前に、まず自分で考え、自分で壁にぶつかることが大事だという主張。

AIは非常に優秀です。
調べもの、データ分析、プログラム作成、相談、文章の整理など、さまざまな場面で使えます。

しかし、便利だからといって、最初からAIに任せすぎると、自分の頭を使う機会が減ります。とくに文章を書く場合は、自分で悩みながら書く過程そのものに価値があります。

文章は、単に情報を並べるものではありません。
その人が何を見て、何に引っかかり、どう考えたかが表れるものです。

だから、原稿を書くときには、まず自分の頭で考える。
書けないなら、書けないなりに悩む。
その「壁打ち」を先に自分でやる。

AIを使うのは、その後でよい。
調査、整理、確認、別視点の提示、表現の見直しなどに使えば、AIは非常に役立つ。けれども、最初の核になる部分までAIに任せてはいけない、という話です。


AIは、単なる代筆屋ではありません。

相談相手として使う。
過去のやり取りをもとに、自分の考えを振り返る。
データ分析やシミュレーションに使う。
自分の文章や考えを見直すための鏡として使う。

つまり、AIに自分を置き換えさせるのではなく、自分をよりよくするために使うということです。

記事内の比喩で言えば、AIは「自動運転」ではなく「ジム」に近い。
楽をするためだけに使うのではなく、自分の思考力や表現力を鍛えるために使うものだ、という考え方です。


AIは便利な助手だが、原稿を書くときに最初から頼ると、自分の言葉が弱くなる。だからAIは、自分の代わりに考えさせる道具ではなく、自分を鍛え、深め、改善するための道具として使うべきだ、という記事。

忘れがちだが、そうだと思う。気をつけよう。

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